

自分が今ここに存在できていることに、すごく感謝しているし女将になることは運命だったのかなと思います。
私が若女将を務める「旅館 大橋」は、昭和7年創業の旅館です。
母も女将をしていたので、親の背中を見て育ちました。本当に小さい頃はキャビンアテンダントになりたかったのですが、物心ついたときには「私がこの旅館を継ぐのだな」と思っていましたね。幼稚園の年長の頃には、女将になるって言っていたらしいです、覚えていないですけど(笑)
高校卒業後は、大阪のビジネス専門学校に行きました。一旦は外の世界を見ようと思ったんです。色々と楽しかったけれど、「私は大橋の女将になるから、現場で早く働きたい」と思い18歳の終わりくらいに実家へ帰郷。それから今に至るまで、大橋で働いています。
ただ、実際に働いてみると、年末年始もゴールデンウィークも休めない、友達と休みがあわないから遊べない。母に辞めたいと言ったこともありました。
しかし、女将という仕事は誰でもなれる職業ではありません。私は1人っ子なのですが、もし兄弟がいれば家を出て行っていたのかもしれません。そう考えると、自分が今ここに存在できていることに、すごく感謝しているし女将になることは運命だったのかなと思います。
以前、友達のお母さんに「どこに出ても毅然とした振る舞いが出来るのはいいことも悪いことも含めて色々な経験をしてきたから」と言われたことがあります。
若いころは色々と無茶をして、「大橋の看板を汚すな」と周りからよく言われました。
でもそういう経験をしてきたからこそ今の私があるのかなと思っています。
また、性格的に人と話すことが好きなので楽しみながら女将業をやっていますし、天職だって胸を張って言えます。